「RISING」プロデューサーズライナーノーツVOL.5
チャンスに導かれるという発想

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2014年10月
ロッテルダム。

世界の都市で、僕が見てきた中でも
トップクラスの文化レベルと多様性に溢れ、
個人的には世界の三本指に入る感性を刺激してくれる都市です。

もう1年以上前のことですが、思い出しながら書いています。
この都市では、7曲のレコーディングを予定してました。

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もちろん、オランダのソウルクイーン、
シャーマ・ラーズとのコラボレーション。

ライティングセッションとレコーディングに幾つかのライブ。
このプロジェクトはSoul Music Fundingによって皆様に支えていただいた、
Make the Change Project Tour 2014というプロジェクトの一環で
世界のシーンをつなげ、ソウルミュージックで国境や人種の壁を越えていく
ことを目的に行われているツアーでもありました。

その重要なカギを握るのが、シャーマなのです。

事前にコンタクトを取り、構想は伝えていたものの、
ある程度自由度を持って始めたかったこともあり、
すべてはかっちりと決めることはあえてしませんでした。

もともと彼女のアーティスト性は
インプロヴィゼーションが中心で、最高に自由度が高く
その場で起きるミラクルみたいなものが
半端ないアーティストなので特に心配はしていませんでした。
でも一つ予想外なことがありました。

The Lightをレコーディングした時から、
彼女を取り巻く環境が完全に変わっていたことです。

オランダ版VOICE出演以降、
圧倒的に認知度が上がり、オランダではスーパースター。
テレビ番組に雑誌の取材、ラジオにひっきりなしで、
毎日ぎっしりと予定が詰まっていました。

そんなこんなで、ライティングセッションは
彼女とだけではなく、彼女が推薦するライターたちとも
行われることになりました。

その発想は一長一短で、僕はとにかく
彼女の作る曲を期待していたのですが、
超多忙のためにも必須となりました。

ブライアンと同様、僕とNaoとシャーマはもう家族のような存在。
ありとあらゆることを話します。

「Naoki、あなたを見ているとそのうち倒れるのではないかって本当に心配。
 もっとNaoを信じて、色々任せてみたら?
 Naoは全て不安になるとあなたを頼りすぎる性質があって
 彼女の成長のためにもあなたは現場を少し離れるべきよ。」

僕はアメリカに1ヶ月滞在した後、
MCPの皆さまに支えていただきながら行った今回のツアーでさえ、
予算的に日本から渡航できるのはNaoを含めたった2人、
現地ではマネージャーも勤めなければいけないため、
もちろん彼女の移動、交渉その他手配などすべてケアをして動きました。
積もりに積もった業務と、Naoの相手とレコーディング、そしてライブの調整などで
本当に大切な音楽に割ける時間が必然的に少なくなってきていました。

シャーマなら任せられるかもしれない。

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彼女に比べたら自分はプロデューサーなんて名乗れるほどキャリアはないし、
単純に彼女にリスペクトがありました。

任せてうまくいくんだったら、自分にも、Naoにとっても一番いいのではないか?
Naoの過去のスランプを救ってくれたシャーマなら、
Naoの成長のためにも、自分は一歩引いてまかせてみたほうがいいのかもしれない。

ゴードンに続き、自分が離れることを示唆されたため、
思い切ってその案を選択します。

いままで全て見守っていたところから、
ライティングセッションなどは自分は一歩離れて
曲ができた段階でのチェックや
レコーディングなど本当に大事なジャッジだけをしていくとNaoに伝えました。

彼女は決断に納得いっていない感じで、

「私は山内さんにはプロデューサーとして、全て監督して欲しいです(>_<)」

と言われました。しかし僕は実行に移します。

いままで密に二人三脚でやってきたこともあり、
ゴードンの一件もあり、不安だったのだと思います。
僕は彼女を説き伏せて、ライティングセッションが行われていた
シャーマの家を後にします。

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僕自身不安もありました。今まですべてに関わり、
細かくチェックをし、一緒に納得をしてきたからです。
ライオンが子供を崖から突き落とすような感覚というのでしょうか。
思い切った判断でした。

この手を離した少しの期間、Naoが不安な気持ちはありながらも、
曲を作ることにおいて才能を発揮し始めます。
最初の曲はJoy。シャーマと仲がいいスタンリーとライティングセッションが行われました。
Naoはなんとか意図を伝え、自分の書きたい曲の方向性を見出すことができました。

シャーマの勧めで、彼女の最新作で曲提供をした、フランス人のフィリップ
通称PomPomのトラックをベースに、NaoがTurningという曲を
メロディそして、歌詞をささっと書き終わります。

しかし。。。

順調のように思えた走りだしとは裏腹にその後コラボレーション部分は
困難を極めました。シャーマがセッティングしてくれたライティングセッションの相手とも
音楽性のズレが若干あり、いい曲ができません。

シャーマの多忙もあり、すべての曲を終えてレコーディングに挑む予定が、
いつのまにか7曲中2曲しか作り終わらない状態になっていました。

ただしTurningとJoyの青地図は、自分が提示した方向性に非常に近しいもので、
予定していたものができあがってきていました。

そんなこんなでとりあえず2曲ある状態でレコーディングを迎えます。

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「Naoki、スタジオ内のことは任せて。
 あなたは自分の仕事をしなさい。」

実はミュージシャンのチョイスもエンジニアも、
スタジオも諸事情によって
僕が当初想定していたメンバーではないメンバーで
録音をすることになっていました。

違和感を覚えつつ、ここも彼女の指示に従います。
スタジオに常設してあるキッチンで仕事を始めます。

レコーディングが終わり部屋に呼ばれます
そして出来上がったものを聞いて、こう感じました。

自分が作りたかったものではない。

すでに録音はされ、ミュージシャン達は達成感にあふれ
楽器をかたずけ終わっていました。

オランダシーンのトップミュージシャン達が集まっていたこともあり
たしかに出来上がりは、楽曲のクオリティとしては申し分ないのですが、
自分が想定していたスタイルや感じたい音楽とは明確に違ったのです。

しかしもう後の祭り。
雰囲気的にも時間的にもにこにこしながら

ダンキュウェル(オランダ語でありがとう)
というしかなかった。

とてつもない後悔と罪悪感。

 

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もしここで、これは自分が作りたかったものと違うんだ
と言いだしたら、全てが終わってしまうのではないかという
恐怖を感じたことも事実です。

自分を押し殺し、自分はフィールしないけれど、
これは間違いなくグッドミュージックなのだ
自分に言い聞かせました。

この後もレコーディングが控えていました。
やはり多忙のシャーマとはライティングセッションは実現せず、
ライブにおわれつつ、時間が過ぎます。

カヴァーはいいとして、曲がほぼ完成してない状態で、
残りのレコーディングを行うことになりました。

まずいな。このままでは、全く曲が録り終わらない。。

シャーマからは僕は大丈夫だから見守ってほしいというアドバイスをされますが

Naoにはこう言われます。

「このままだと本当にいいモノができません。
私は山内さんの感覚を信じています。一緒に作品を作らなければ、意味がないんです。
山内さんが現場にいないともうだめになると思います。」

自分の存在をプロデューサーとは認めてもらえず
完全に排除されたゴードンの一件から、
自分の役割や存在価値ががいったいなんなのか
よくわからなくなっていた僕にとって
またもや試練が訪れるのです。

僕は板挟みにされて、判断に非常悩みました。

そんなグシャグシャの状態の時に
僕が最も信頼しこのロッテルダムの旅路で
一緒にレコーディングをするはずだった、
エンジニアのブディからディナーに誘われます。

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彼と出会ったのは、Naoと初めてオランダに訪れた時で、
The Lightに収録される、Feeling GoodやI’m Not Perfectなどを
レコーディングしてくれた名エンジニアです。

彼はミュージシャンでもあり過去には日本でも公演した素晴らしいキャリアがあり、
エンジニアリングにおいてはこの業界では名をはせる、ディアンジェロのエンジニア
ラッセル・エルバードの弟子でした。

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僕にとっては大切な友人でありメンター的な存在でもありました。

最初は彼の近くのイタリアンレストランでNaoと
ブディの奥さんでもありSWEET SOUL RECORDSから
リリースをしているiETと四人で心地よい時間を過ごしました。

その後、Budyの家兼レコーディングスタジオに招かれました。
レコーディングしたラフの音源を聴かせます。彼の一言目は、

Naoki、これが君が作りたかったものか?

案の定見抜かれていました。
彼は以前から僕の作りたい方向性を十分に理解し、
僕の目指していることや好きな音を知っていました。

彼に悩んでいることを僕は思い切って打ち明けました。

僕は何かが正しくないし、感じないことはわかるんだけど、
テクニカルにそれが何かはわからないんだ。

自分は音楽が好きで、自分が作りたいものにビジョンがあるけど
プロのミュージシャンのように楽器は弾けないし
いわゆる音楽プロデューサーみたいに鍵盤ひいたり
譜面さくさくかけるわけじゃない。

意思やリクエストは事前に一生懸命伝えたんだけど、
リーダーが何人もいることは混乱を招くし、
一旦自分は現場からははなれて遠目から見守ることにしたんだけど、、
できたものはやはり自分がフィールしたものじゃなかったんだ。

Naoki、君のために面白い話をしよう。
君は彼のことを僕に思い出させるんだ。
誰もが憧れる、伝説の存在だよ。

そう言って話を始めます。

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彼の作品がすごい好きで、なんとか一緒に仕事できないかって考えてたんだ。
ある日僕から作品を送って可能だったら一緒になにかできないかと
こっちから連絡を送ってみたところ、
二つ返事で、おもしそうだな!いいよ!

日程を決めて彼は早速アメリカからひょっと飛んできた。
で実際レコーディングを初めて見たんだ。

ディアンジェロのエンジニアでプロデューサーって聞いたから
とんでもない技を持ってたり、ものすごいディレクションを
してくれることを僕は期待してたんだけど、

彼がしたことは、その場でひたすら
レコードをかけて僕たちに聴かせるんだ。

毎日音楽かけて1週間くらいは全く意味がわからず、
このプロジェクトは最悪に終わるんじゃないかとさえ思った笑

それを続けて2週間目くらいに、
やっとみんなの音が1つになりはじめたんだ。
こんな風にしたい。このヴァイブだ。このエネルギーだ。
スタイルとかリズムというより、エネルギー。

全てはエネルギー。そして感じるか感じないか。

正直衝撃だったよ。でも彼が一番正しかったんだ。
僕は音楽の本質を考えさせられたよ。

Naoki、プロデューサーにあるべき正しい姿なんてないんだよ。

君はSWEET SOUL RECORDSという
世界中のネオソウルを厳選して集めるレーベルの
オーナーだ。扱ってるアーティストは
iETを含め最高のアーティストだろ。

君がやってることにもっと自信を持て。
君の感性を才能をもっと周りに見せろ。

そして君が目指しているビジョンを
何が何でも、どんな方法でも実現するべきなんだよ。

自分を貫くことは決して悪くない。
君はお金を払い、いろんな物事を犠牲にしてリスクを取り
誰よりもNaoのことを考えてやってきたんだろ?

争いを恐れず、自分を最大限に出していけばいいんだよ。

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まるで氷の中から解き放たれるように、
自分が抑えてきたものが溢れてきたと同時に
自分のトラウマや考えの回想が始まりました。

ぼくは音楽業界に入った時からどこか恐れていました。

自分は音大もでてないし、音楽をずっと生業にしてきたわけじゃないし、
本当は音楽のことわかってないんじゃないだろうか。

実際、レーベル始めた当初は自分の言ってることなんて
誰も聞いてくれなかったし、初期の作品はミュージシャンに
全く相手にされなかった経験もあり、トラウマにさえなりました。
実際自分の想像を超えてくれる音楽家たちとも仕事をすることができました。

そこで自分を殺したほうがいいものができるのではないだろうか?
と自分を殺す癖がみについたのかもしれません。

そんなことを全部打破してつくったアルバムが
The Lightだったのに、実はThe Lightは遠隔での指示だったり、
ディレクターを挟んで好きなこと言ったりで
自分が体当たりで現場つくったのはこのRisingがはじめてだったのです。
ましてや、異国の地で自分が外国人として。。

プロデューサーとして自分の意見が通らないかもしれないという怖さがあったと気付きました。

僕はこのタイミングで全てをひっくり返すことに決めました。
金銭的なリスクも、時間的なリスクも全て忘れて、
全て自分が正しいと思う方法でやり直す。

残っていたスタジオ日程は全て自分が現場に入り、
レコーディングの現場に参加しました。

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大好きなメンバー、シャーマとフレッシュカッツ。

最初にやったことは、シャーマに自分の意見をくまなく伝えることからはじまりました。
録り終わった曲も、全部録り直しをすることにしました。
シャーマをミュージックディレクターとして
彼女を通して、時には自らミュージシャンに意図を伝えてなんとか自分のディレクションを貫きました。
彼女にすごい迷惑をかけ、失礼なことをしました。
でも自分のビジョンを突き通すことに僕は必死だったのです。
その作業は時に、日付をまたぐこともありました。

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予定していたレコーディング日程の後も
ぼくは思い切って、Budyとのレコーディングセッションを決定し、
自らミュージシャンを集め、録音することにしました。
さすがにシャーマの力も借りたかったので
スタジオには来てくれとお願いしました。

レコーディング直前の直前になって、
シャーマは多忙のため来れないことが発覚します。
まるでお前がやれ!と誰かに後押しされているような感覚でした。

一体なんなんだこれは
自分の意見がシャーマなしで意見が通るのだろうか。。。

シャーマの次に意見が通るのはきっとNaoだろうと踏んで
彼女に自分の意思を伝えることを考えます。

それをNaoに伝えると

「山内さん、自分で伝えることをなんでしないんですか?(;_;)
これはもう山内さんにやれって神様が言ってるとしか思えません(;_;)」

いやNaoが伝えてくれた方がアーティストだし
きっとスムースにいくと思わない?
時間もないしそこ議論してる暇ないからやってくれないかな?

「私は山内さんのビジョンは本当に素晴らしいと思うし、山内さんの感覚を信じています。
バンドに山内さんが直接伝えた方がもっといいものができると思うし、
バンドのみんなも山内さんの意見を待ってると思います!(>_<)」

情けない話ですがこのタイミングでもまだ自分がやっていいのか。。
という不安が再燃しました。

こんな不安とは裏腹に、レコーディングに挑むと
ブディやフレッシュカッツのメンバーが
ぼくを温かく迎え入れてくれました。

Naoki、最高のものを作ろう。

ぼくは慣れないことではありましたが、
ラッセルのように、自分の目指すリファレンスをつかい
時にはリズム譜を書きあとありとあらゆる方法で
目指してることをできるだけわかりやすく
みんなに伝え、自分の目指しているフィールを実現します。

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フレッシュカッツ達は最高のリスペクトとともに
僕の意見を信じ、実現してくれました。

チャンスに導かれたのかもしれません。

自分に殻を作っていました。
IT業界出身の自分、社長である自分、
経験が浅い自分、Naoにはもっと適任がいるのではと思ってしまう自分。

一人で始めた会社だったため、最初は何でもやりました。
自分がやりたい、やりたくない関係なく
信念に沿えばなんでもやって来ました。

でも音楽を実際に生み出すことだけは
どこか抵抗があったのです。
僕にとって音楽は神聖なもので、
選ばれた人しか接してはいけないものと
思っていた部分があるのかもしれません。

自分の考えを出しきろう。

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この機会を経て、またNaoに助けられて、
ぼくは一つ上のレベルに引き上げてもらうことができたのです。

思い出せば、旅の道中に何度も何度も
「山内さんの感覚を信じてます。
良い意見をもってるのに出さないことは絶対に良くないです。
神様から与えられたものを使いきってください。」

と言ってくれたのは彼女でした。

このインスピレーションはきっと曲になると
ぼくはアイデアとして自分に蓄えたことを
今でも強く覚えています。

そしてチャンスをくれたシャーマに心から感謝の気持ちを。
Dankjewel. Hou van je Shirma!

オランダの最終日、旅の終わりに僕の手に残ったレコーディングが完結していた曲は
7曲中3曲。ベーシックやパーツで取れていたもの3曲。
オランダの旅は結果惨敗でした。

このあとに控える、日本でのシャーマとフレッシュカッツとの4都市でのツアーのために
帰国を余儀なくされるのです。

最後にオランダで完結した曲の解説を。

Turning

NaoがMake the Change Projectにインスピレーションを受けて、
ソウルミュージックを通した、旅の先々でおこる運命的な
人との出会いそして別れ。それによってうまれる愛、友情
移りゆく情景をカラフルに描いた楽曲。
ライターの林さんにはラジオフレンドリー!と大絶賛を頂いた
アルバム唯一のポップテイストを持つソウルチューン。

Joy

コテコテのラヴソングをNao Yoshiokaが自ら書き下ろす。
宿題提出時に、いいね!とNaoを賞賛したことを覚えています。
フレッシュカッツではなく、キャンディー・ダルファーのバックバンドを
あえて使ったことで、一般的なソウルマナーではなく、
少しポップチューンの加わった特別な1曲になりました。

続く

 

THE JOURNEY OF RISING  〜アルバムの7つの隠れたストーリー〜

「RISING」プロデューサーズライナーノーツVOL.1 〜僕にとってのアルバム制作の真意〜
「RISING」プロデューサーズライナーノーツVOL.2 〜THE LIGHTから INTO THE LIGHTへ〜
「RISING」プロデューサーズライナーノーツVOL.3 〜アメリカでの悪夢〜
「RISING」プロデューサーズライナーノーツVOL.4 〜アメリカでの悪夢2〜

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