シャドウを受け入れるということ
前作Flowまでアルバム名は、Naoのアイデアをまとめて、僕が提案するようにしていました。今回のタイトル『self』は、僕がつけたものではなく、Nao自身が決めました。僕にとっては大きな変化でした。
彼女はこれまでずっと、 もっと良い自分になろう、もっと理想的な自分になろうとして、 努力を重ねてきた人だったと思います。思い返せば彼女の努力はNY時代から始まっていました。毎週2回のレッスンのために毎日練習をし、今でもライブ前は練習に練習を重ね挑みます。もっと良くなりたい。もっとアーティストとして、自分を高めたい。常にポジティブに自分の良いところを一生懸命伸ばそうとしていました。
Flowで世界中を回り、Naoの念願であった世界中をツアーできる、グローバルツアリングアーティストになり、夢がかない、順風満帆だったはずのツアー中にパニックアタックを経験し、自分のありかたについて違和感を覚えたそうです。
自分は完璧ではなければいけないという意識が彼女を追い詰めていました。自分の良い部分のみを見つめてきたことによって、弱い部分をみとめず、許さなかった事に気づきます。
自分が弱い部分を少しずつ認めることで、新しい自分に出会うような感覚を覚えたそうです。この感覚はユングが提唱する「シャドウ」という考えと完全に当てはまり、 自分の嫌いな部分や弱さ、これまで隠してきた感情から目を背けるのではなく、 それも含めて受け入れることで、本当の自分、”Self”に近づいていくというセオリーにたどり着きました。
弱さも含めて、自分。
それが今回のアルバム全体を貫くテーマです。
だからこのアルバムは、ポジティブなメッセージだけを歌う作品だけではなく、痛みや葛藤、弱さを隠さずに表現する作品になりました。
『Flow』との違い

『Flow』は、前向きなエネルギーや希望を強く感じる作品でした。世界がコロナ禍から動き出したタイミングとも重なって、 とにかく前を向いて進んでいくアルバムだったと思います。
一方で『self』は、人生の痛みや迷い、弱さも作品の中心に置いています。
オプティミスティックというより、もっとリアルで人間らしいアルバム。
きれいな面だけを切り取らない。そのぶん、正直で、ずっと近くにいる存在のようなアルバムになったんじゃないかと思っています。
今までアルバムを創る時、最も自分がなりたい姿やアルバムを終わった未来にどうなっていたいかという感情の先を表現することが大半でした。それは語りとして、そしてアーティストとして世界を照らしていくという使命の元にやってきたと言っていました。
今作は、ありのままの自分をすべて受け入れることで新しい自分に出会った、そんな自己発見のアルバムになっています。
シンガーからシンガーソングライターへ

今回、制作を通して一番大きく感じたのは、Naoがソウルシンガーから、ソウルシンガーソングライターへと成長したことでした。
Naoは25歳でデビューしています。
一般的に見れば決して早いスタートではありません。むしろ、日本では遅いデビューと言えるかもしれません。
デビュー当初は、歌詞や楽曲を一人で完成させることはほとんどありませんでした。コンセプトは必ず自分で考えていましたが、英語が第一言語ではないことに加え、ピアノやギターなどの楽器を演奏しないこともあり、「自分だけで作品を作り切る」ことに対して、どこか不安を抱えていました。
それでも僕は、いつか必ず自分の言葉で曲を書けるようになると思っていました。
歌詞への強いこだわりがあることも知っていましたし、ライブでアドリブを歌ったときに生まれるメロディには、彼女ならではのセンスを感じていたからです。
何より、音楽への向き合い方が誰よりも真剣でした。たとえ自分の曲ではなくても、その姿勢は変わりません。
カバー曲を歌うときでさえ、ただメロディや歌詞を覚えるのではなく、その曲が生まれた背景や、歌詞の奥にある感情まで自分の中に落とし込み、「自分の身体に入った」と思えるところまで歌い込みます。
だから彼女の歌は、ただ上手いだけでは終わりません。歌詞やメロディの向こう側にある感情に寄り添い、自分自身の経験や感覚を重ねながら歌うことで、その曲は少しずつ「Naoの歌」になっていくのです。
僕は、それこそがソウルミュージックの本質だと思っています。
ソウルミュージックは、ただ上手く歌えば成立するものではありません。その曲に込められた感情や背景を理解し、自分なりに解釈し、自分自身の人生を通して表現して初めて、人の心に届く歌になります。
だから僕は、彼女が自分の言葉で曲を書けるようになれば、きっと大きく化けると信じていました。
アルバムを重ねるたびに、僕は繰り返し伝えてきました。
「自分の言葉で書けるようになろう。」
その挑戦を何年も続け、前作『Flow』でようやく確かな手応えを掴みます。

そして今回の『self』では、自ら多くの歌詞を書き、それを自分自身で推敲し、磨き上げられるところまで成長しました。制作期間中には20曲以上を書き上げ、その中からアルバムを形にしています。
歌う人から、自分自身を作品として表現する人へ。長く隣で見てきた僕からしても、この変化はとても大きなものでした。
キャリアを重ねても、成長が止まらない人がいます。Naoはきっとそのタイプ。
デビューから十年以上が経った今でも、彼女の努力や探究心に、むしろこちらのほうが刺激を受けることのほうが多いのです。
自由度が上がった制作環境
コロナ禍以降、自分たちの手でレコーディングを続けてきたことで、 録音の技術そのものも大きく上がりました。マイクの選び方、機材、ボーカルディレクションの細部まで、 これまで以上にこだわれるようになったと思います。
これはエンジニアの佐々木優さんのおかげでもあるんですが、ProTools、アナログ機材、マイク設定など僕に丁寧に教えてくださいました。僕も機材、レコーディングなどは好きでしたので全力で学びました。
またスタジオ時間に追われることなく、好きな時間に、好きなだけレコーディングができ、リラックした環境で歌を歌ってもらえるようになりました。前作では多くの人に「なんか声が変わったよね。」「なんかより歌が良くなったよね」という言葉をもらうことが多く、Naoの成長そして、環境、僕自身の成長もあったように思います。
歌詞や感情の面でNaoがどんどん深いところまで踏み込めるようになったのと同時に、 その繊細な部分をきちんと音として拾いきれる環境が、僕たちの側にも整ってきたタイミングでした。
『self』というアルバムがこれだけ生々しく、人間らしい響きを持てているのは、 この両方が噛み合った結果だと思っています。
次のVOLでは、制作中に起きた最も印象的な出来事、 『Yet to Come』という曲をめぐるエピソードと、 そこから見えてきた「本当のコラボレーションとは何か」という気づきについて書きます。
次回に続く。
「self」プロデューサーズライナーノーツ VOL.1 2013年から続く、世界への挑戦